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冬音

Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道内のダムカード・マンホールカード等も収集中。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。

北海道地図があると、より楽しめるかと思います。

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下川町で過ごす休日

Category : 北海道ドール紀行
共立日和01
北海道・下川町に残る「旧共立木材」の建物。

共立日和03
下川町は林業のまち。 
1928年に町のサンル地区に作られた住宅が現在地に移築され共立木材の事務所として2000年まで活用されていましたが廃業。
その歴史ある建物を保存、再生、活用しようと地域が主体となって保全・修復を行い今でも残っています。

共立日和04
共立日和05
当時の新聞記事など。

共立日和02
そんな旧共立木材で、10月の3連休にイベントが行われていました。

共立日和06
共立日和な休日

追記には、イベントを紹介します。
続きを読むからどうぞ。
共立日和08
共立日和09
このブログでは時々登場している和寒のnidoさん。
イベントで出店されている時は、いつも1杯頼んでいます。

共立日和07
士別のbakery&cafe cotoriさん。 

共立日和10
同じく士別の梨の花さん(左)と、地元下川のSORRY KOUBOUさん(右)。



共立日和11
共立日和14
共立日和12
現役の頃を残しつつ、イベント等に活用できるように整理されています。

共立日和13
木材を扱っていた会社だけに、「旭川営林」「木材」「インドネシア合板」等の書籍が見えます。
その中の1冊、「北海道拓殖銀行史」・・・ メインバンクが98年に破綻したたくぎんだったのでしょうか。
共立木材の廃業が2000年。  無関係では無いでしょう・・・

共立日和16
この金庫がまた、私を楽しませてくれる。

共立日和15
東京「市」馬喰町 竹内製造
1869(明治2)年に日本初の金庫を製造した竹内(竹内金庫)、日中戦争時の物資不足で解散するまで日本を代表する金庫製造会社でした。 
こんなにエンブレムの状態が良いものはそう無いと思います。 
東京23区が昔「東京市」だったことは今や遥か昔の時代。




共立日和17



共立日和18
今回のイベントのタイトルにある「共立日和」さんは、ランチボックスの提供。
写真は牛サーロイン弁当。

共立日和19
共立日和20
他にも、牛肉の煮込みやコーンスープがありました。
これが本当に素晴らしいものでした。  私のボキャブラリーではちょっと表現できないのですが、最高でした。
見た目じゃないんですよ。 大事なことは。 味なんです。 


共立日和21
共立日和22
共立日和さんは普段はこの場所で、ディナーのみ、1日2組までの完全予約制で営業している古民家フレンチレストラン。
それがこうした形でランチでも頂けるという滅多にない機会を逃したくないというのも理由の1つ。




このブログらしく、ちょっとだけ鉄道のお話も。
共立日和23
共立日和24
昔、下川町にも鉄道(名寄本線)が通っていました。
下川駅跡は現在バスターミナルに。

共立日和25
共立日和26
駅の敷地に、キハ22が2両保存されています。
ミカヅキ:旭川駅は昔、ASAHI[G]AWAだったのよね。

共立日和27
旭川(あさひかわ)市の中心駅、旭川駅は1898年に北海道官設鉄道(=北海道庁)の駅として開業。
1905年に鉄道作業局(国鉄の前身の1つ)に移管された際に「あさひがわ」になりその後国鉄からJRになるまで80年以上「あさひがわ」が続きました。
1度決めたら意地でも変更しないのが国鉄スタイル。 狩太駅をニセコ駅に変えてもらえず、町の名前をニセコに変更したというエピソードもあります。 (ニセコ駅編はこちら)

共立日和28
石北本線・東旭川(ひがしあさひかわ)駅に残る「あさひがわ」のホーロー駅名板。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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すてきなイベント

今は廃業してなくなっている木材会社の跡地を利用しての
こうしたイベントはとても素晴らしいものがありますね。
道内のおいしい食べ物が一箇所で味わえるのも格別なものがありますね。
この建物の切り妻屋根勾配がきつそうなのは、冬場の降雪対策
なのかもしれないですね。

当時の社内の様子というか面影が残っているのも
どことなくなつかしさを感じさせてくれますね。
拓銀の破綻は丁度そのころに、山一證券ショックもありましたので、
当時の金融不安を象徴する出来事だったと思いますし、
拓銀破綻もひとつの引き金になって
多くの会社で資金繰り困難という事態を招いたのかも
しれないですね。

サーロイン弁当やコーンスープがとてもおいしそうです!

Re: ぬくぬく先生様

ぬくぬく先生様、コメントありがとうございます。

> 今は廃業してなくなっている木材会社の跡地を利用しての
> こうしたイベントはとても素晴らしいものがありますね。
> 道内のおいしい食べ物が一箇所で味わえるのも格別なものがありますね。
> この建物の切り妻屋根勾配がきつそうなのは、冬場の降雪対策
> なのかもしれないですね。
下川町は雪が多い地域です。 屋根もきつくなっています。
スキージャンプが盛んな地域で葛西選手や伊東有希選手は上川郡下川町出身です。
ちなみに、原田元選手や高梨沙羅選手は上川郡上川町出身です。
ただ北海道に上川郡が3つもあり、下川町と上川町は結構離れています。

このイベントは、「いつもの仲間」と言いますか、このエリアでよくイベントに一緒に出店している人々が集って開催されています。 
年1回程度の開催ですが、下川町民や近郊の町からも人が集まっていました。

> 当時の社内の様子というか面影が残っているのも
> どことなくなつかしさを感じさせてくれますね。
> 拓銀の破綻は丁度そのころに、山一證券ショックもありましたので、
> 当時の金融不安を象徴する出来事だったと思いますし、
> 拓銀破綻もひとつの引き金になって
> 多くの会社で資金繰り困難という事態を招いたのかも
> しれないですね。
破綻からもう20年も経ちました。 当時の拓銀の本店跡は「大通ビッセ」という商業施設が入る北洋銀行(地銀)の大通センターとなりました。
札幌は大通公園を境に北が道庁など官公庁街、南が三越など商業街という発展の仕方をしています。 これは南側で火災が起きても官公庁街に燃え移らないようにという意図をもって作られました。 地銀の本店は南側に対し都銀の拓銀だけは北側にありました。 そうした歴史からも「拓銀」の破綻は北海道の経済に大きな影響を与えました。 

> サーロイン弁当やコーンスープがとてもおいしそうです!
これは美味しかったです。
丁寧に時間を掛けて作っているということは、はっきり分かりました。 
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