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冬音

Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道内のダムカード・マンホールカード等も収集中。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。

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もうひとつの「知来」 (湧網線・知来駅)

Category : 北海道の鉄道
知来駅01

ここは、佐呂間町にある湧網(ゆうもう)線・知来(ちらい)駅だった所。


知来駅02
晶乃:「知来ゲートボール会館」って書いてあるけど・・・

知来駅03
裏側を見ると、駅舎だったということがより鮮明に見えて来るのではないでしょうか。
この建物は知来駅そのもので、廃線後そのままゲートボールの集会場として使われ続けています。

追記にも知来駅(跡)の写真が続きます。
続きを読むからどうぞ。

知来駅04
駅内部。 こちらは待合室だった雰囲気が感じられます。

知来駅05
こちら側が事務室。 晩年は無人駅に降格していましたが、それまではここで駅員が働いていたはず。

知来駅06
晶乃:駅だった、というのは伝わったわ。

知来駅07
晶乃:私の目の前に、ホームがあって、レールがあって、列車が走っていた。 そんな時代もあったのですね。

知来駅08

知来駅09
駅跡に隣接したゲートボール場


知来駅10
知来駅の簡単な沿革
1953年10月 湧網線佐呂間(浜佐呂間)~下佐呂間(佐呂間駅)間開通に伴い開業。
中湧別駅と網走駅間を結んだ湧網線では一番最後に開通した区間でした。
1961年4月 直営から業務委託駅に
1972年2月 簡易委託(=無人)駅に。 切符は近くの商店で販売することに。
1987年3月 湧網線廃止と共に廃駅。

駅舎として34年。 廃駅から31年。 65年近くこの場所に残る知来の駅跡。
知来の由来は前回とほぼ同じ「チライ・オツ」からです。
※前回の知来乙駅(札沼線)は、こちらからどうぞ。

最後まで読んで頂きありがとうございます。
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No title

こんにちは

久しぶりに知来の駅を見ました、
懐かしいです
昔 息子の担任をしていた先生が異動されて知来小学校に赴任され、その後すぐに廃校になってしまったのですが
先生に話を伺って旧知来駅をその周辺を訪ねたことがありました
駅の近くのお店にはまだ切符取り扱いの看板が出ていたこと、
駅のホームの柱は古いレールで「Kentucky」の文字が刻印されていること 駅周辺にはまだ線路跡がはっきりとわかるぐらいのこっていたこと等々 先生のお話通りにひとつひとつ息子とともに確認しました
その時は駅舎に鍵がかかっていたので中には入れませんでしたが
このようにそのままの姿で地域に生きている姿に感動を覚えたものです

今もそこに在ることと知り ほっとしました

Re: Jam様

> こんにちは
Jam様、コメントありがとうございます。

> 久しぶりに知来の駅を見ました、
> 懐かしいです
> 昔 息子の担任をしていた先生が異動されて知来小学校に赴任され、その後すぐに廃校になってしまったのですが
> 先生に話を伺って旧知来駅をその周辺を訪ねたことがありました
> 駅の近くのお店にはまだ切符取り扱いの看板が出ていたこと、
> 駅のホームの柱は古いレールで「Kentucky」の文字が刻印されていること 駅周辺にはまだ線路跡がはっきりとわかるぐらいのこっていたこと等々 先生のお話通りにひとつひとつ息子とともに確認しました
> その時は駅舎に鍵がかかっていたので中には入れませんでしたが
> このようにそのままの姿で地域に生きている姿に感動を覚えたものです
この時は、温根湯の道の駅からサロマ湖の道の駅へ向かっており、佐呂間の市街地で曲がる方が早いですが寄り道で知来へ向かいました。
湧網線の線路跡はサイクリングロードの部分以外は今はもうほとんど分からないですね。
駅や跨線橋に使われている古レール、100年以上前のものがあったりと時間がある時はしっかり見ていますが難しいです。
計呂地駅跡のcockerill社の古レールの様に目立つ案内ですと分かりやすいですが・・

> 今もそこに在ることと知り ほっとしました
湧網線の廃止から30年以上、外観そのまま残ってきたことは鉄道好きとしては嬉しいことですし、廃屋ではなく実際に利用されていることが素晴らしいです。

駅がゲートボール集会所・・!?

冬音さんの廃駅・廃線のレポート記事は色々と拝見させて頂きましたけど、この駅は線路・電車・レールや駅の設備といった面影が無いせいなのか、廃駅跡という雰囲気はあまり感じず、むしろ今現在のゲートボール会館という雰囲気のほうがしっくりきそうな感じでもありそうです・・

こうした駅でも以前は活気があったり、電車が定時にやってきたり、
通学・通勤のお客様がたくさんいたり、駅前にはお店等もあったのかもしれないですけど、廃線・廃駅というのはそうした昔の活気・にぎわいや人の交流というものも奪ってしまうものなのかもしれないですね。

だけどかつてこの駅を利用された皆様にとっては
「昔の面影がある」と感じられるのかもしれないですし、駅ではないけど建物がたとえゲートボール関連であってこうしても残って形を変えて
使われ続けていることはありがたいことなのかも
しれないですね。

Re: ぬくぬく先生様

ぬくぬく先生様、コメントありがとうございます。

> 冬音さんの廃駅・廃線のレポート記事は色々と拝見させて頂きましたけど、この駅は線路・電車・レールや駅の設備といった面影が無いせいなのか、廃駅跡という雰囲気はあまり感じず、むしろ今現在のゲートボール会館という雰囲気のほうがしっくりきそうな感じでもありそうです・・
この建物が昔駅だったという予備知識が無いと分からないですよね。
「旧知来駅跡」と書かれている様なものも無く、「ゲートボール会館」として余生を過ごしています。
時たま、私のような鉄道好きが訪れる程度かなとも思います。

> こうした駅でも以前は活気があったり、電車が定時にやってきたり、
> 通学・通勤のお客様がたくさんいたり、駅前にはお店等もあったのかもしれないですけど、廃線・廃駅というのはそうした昔の活気・にぎわいや人の交流というものも奪ってしまうものなのかもしれないですね。
有人駅から無人駅になってからも、駅前の商店で切符を販売していた知来駅。
湧網線があった頃から、知来中学校は廃校となり佐呂間中学校と統合するなど廃線になる前から過疎化は少しずつ進んでいて、2006年3月に小学校も廃校となり寂しい雰囲気はありますね。

> だけどかつてこの駅を利用された皆様にとっては
> 「昔の面影がある」と感じられるのかもしれないですし、駅ではないけど建物がたとえゲートボール関連であってこうしても残って形を変えて
> 使われ続けていることはありがたいことなのかも
> しれないですね。
その通りですね。
当時のことを知っている方には懐かしく思え、知らない人にも当時のことを想うことができる建物だと思います。

芭露駅前のいつも「オムライス大盛」を食う食堂も「くどう」だったりするのだ

30年以上経ちますが、駅舎は未だ「ゲートボール用倉庫」として利用されているんですね。
知来小学校も平屋の立派な校舎が残っていて(10年前ですが)、
きっと何らかの形で地域利用されているのかなって思います。
・・・そういうのはなしてか知らんけどうれしい…はじめっち

北見滝ノ上の手前の駅に「濁川」という駅舎があるんすが、
そこも「ゲートボール場」の管理小屋として生きていたのっす。
・・・10年前っすが…ゆたか

知来乙も駅だけではなく線がなくなってしまいますね。
知来も知来乙も小さいながら駅職員が詰めることができた立派な建物でした。
糸魚沢も駅舎としてはとても稀有な建て方の木造駅舎だったんですが、
ちっさいログハウス風に建て替えられて…老朽化(それとも固定資産税対策?)であればしょうがないのですが…
それでも、建て替えたということは、初田牛・尺別・直別が閉駅する中、できるだけ生き残る道を選んだのかも…と思いたいです。
・・・いとうさんの駅も減りましたみならいかのん

あたいはむずかしいことはよくわかんないけんども、
和寒町に抜かれる前はここがカボチャの作付面積が日本一だったで、
海産物よかも農産物にまつわるお品が多かったりするのだ。
「くどう」の「かぼちゃパイ」とかは、佐呂間町さ寄ると、いつも買っていったりしたのだ。
・・・大好物だったりするのだつるみん

Re: 芭露駅前のいつも「オムライス大盛」を食う食堂も「くどう」だったりするのだ

コメントありがとうございます。

> 30年以上経ちますが、駅舎は未だ「ゲートボール用倉庫」として利用されているんですね。
> 知来小学校も平屋の立派な校舎が残っていて(10年前ですが)、
> きっと何らかの形で地域利用されているのかなって思います。
> ・・・そういうのはなしてか知らんけどうれしい…はじめっち
ゲートボール場としてはあまり整備されていない感じを受けまして、今はゲートボール場としてほとんど使われていないのではないかという気にもなりました。
それでも、今でも「駅」だったことの面影は感じられました。

> 北見滝ノ上の手前の駅に「濁川」という駅舎があるんすが、
> そこも「ゲートボール場」の管理小屋として生きていたのっす。
> ・・・10年前っすが…ゆたか
今年濁川を通った時にも、まだパークゴルフ場の小屋として使われておりました。
オシラネップ原野「濁川停車場」線と共に、濁川という駅があったことを伝える貴重なものですね。


> 知来乙も駅だけではなく線がなくなってしまいますね。
> 知来も知来乙も小さいながら駅職員が詰めることができた立派な建物でした。
> 糸魚沢も駅舎としてはとても稀有な建て方の木造駅舎だったんですが、
> ちっさいログハウス風に建て替えられて…老朽化(それとも固定資産税対策?)であればしょうがないのですが…
> それでも、建て替えたということは、初田牛・尺別・直別が閉駅する中、できるだけ生き残る道を選んだのかも…と思いたいです。
> ・・・いとうさんの駅も減りましたみならいかのん
昔の糸魚沢は魅力ある木造駅舎でしたね。
今の糸魚沢も下車して撮りましたがあまり魅力的ではありませんでした。
JR北海道釧路支社はなぜあれほどログハウス風が好みなのでしょう。
(鱒浦・直別・門静・糸魚沢・新大楽毛の待合室) 近いうちに十弗・厚内や上尾幌あたりが壊されてログハウス風になったら寂しいですね。


> あたいはむずかしいことはよくわかんないけんども、
> 和寒町に抜かれる前はここがカボチャの作付面積が日本一だったで、
> 海産物よかも農産物にまつわるお品が多かったりするのだ。
> 「くどう」の「かぼちゃパイ」とかは、佐呂間町さ寄ると、いつも買っていったりしたのだ。
> ・・・大好物だったりするのだつるみん
佐呂間町のカントリーサインはかぼちゃがベースとなったキャラクターが描かれていますね。
国鉄湧網線の沿線はまだ殆ど見て回れていないのですが、来年度は行きたいと思っています。
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