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冬音

Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。
北海道地図があると、より楽しめるかと思います。

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夕張への小さな旅 (石勝線・滝ノ上駅)

Category : 北海道の鉄道
滝ノ上駅01
川端駅から1駅移動して、ここで下車します。



滝ノ上駅02
神奈:北見滝ノ上での約束を憶えていたんですね。

滝ノ上駅03
ここは、夕張市にある滝ノ上駅。
開業は1897(明治30)年。 
北炭の駅でしたが、ここには炭鉱はありませんでした。

滝ノ下信号場01
川端との間に、滝ノ下信号場を通過します。
石勝線の東追分信号場から滝ノ上駅にかけては、
(追分駅)、東追分信号場:安平町
川端駅:由仁町
滝ノ下信号場:栗山町
滝ノ上駅:夕張市
と列車は1区間ごとに町界を跨いで進んでいきます。

滝ノ上駅04
(平成)19年4月。 この年3月夕張市が財政破綻し、財政再建団体に。
あれから11年の月日が経ちました。

滝ノ上駅05
癒羽:「夕張方面」という表記も無くなるのかしら。

滝ノ上駅06
癒羽:本数もやっぱり川端と同じね。

滝ノ上駅07
滝ノ上駅に到着したのが11:46。次の列車は夕張折り返しで13:12発。
神奈:夕張の滝ノ上では何をするの?
ここでは1時間の観光をします。

滝ノ上駅08
駅から500mの所にある滝の上自然公園
ここが見どころです。

追記に続きます。
続きを読むからどうぞ。
滝ノ上駅09
駅から500m程度歩くと公園の入り口があります。
線路のトンネルみたいな構造物は線路のポイント(方向分岐機)を雪から守るためのスノーシェルター。
石勝線の駅と信号場の前後にあるポイントの箇所に設置されています。

滝ノ上駅11
横から見ると長いです。 長さはおおよそ150m。
1基1億円とも1億5000万円かかったともいわれるこのスノーシェルター。 
石勝線は当時最先端の鉄道建設技術を注ぎ込み着工から19年の歳月と、建設費200億円以上かけて完成した札幌と道東(帯広や釧路)を短絡した路線です。


滝ノ上駅10
スノーシェルターを見ながら「発電所通り踏切」を渡ります。

滝ノ上駅12
公園には、夕張の炭鉱遺産の1つでもある北炭滝の上発電所が保存されています。
現在は北海道が管理していて現役の水力発電所として稼働しています。

滝ノ上駅13
滝ノ上駅14
滝ノ上駅15
炭鉱の採炭にはとにかく電力が必要で、ここから夕張の各鉱山へ電力を届けていました。


滝ノ上駅16
神奈:炭鉱は無い地区でも、炭鉱遺産が残っている。 素敵なことね。

滝ノ上駅17
ここには実際に使われていた水車が展示されています。


滝ノ上駅18
北炭滝ノ上発電所と千鳥ヶ滝。
長い時間をかけて削れ上がった、大小無数の夕張川の流れに惹かれます。
紅葉の時期は大変賑わう夕張の景勝地です。 この時期には混み合うのでJR滝ノ上駅から歩いてくるお客さんもいます。

滝ノ上駅19
神奈:夕張は炭鉱に関する見どころがとても多いです。

滝ノ上駅20
神奈:つり橋はあまり得意じゃないの。

滝ノ上駅22
神奈:桜の見ごろには、きっときれいな景色でしょう。

滝ノ上駅21
神奈:線路沿いに桜の樹が植えられています

滝ノ上駅23
滝の上公園を通過するスーパーおおぞら。






滝ノ上駅24
神奈:滝ノ上駅に戻ってきました。


滝ノ上駅25
滝ノ上駅や川端駅特有な構造の跨線橋。
横からの入り口が付けられています。 こちらからでも入ることができます。

滝ノ上駅26
跨線橋の中に、夕張市の砂箱。
かなりの年季を感じます。

滝ノ上駅27
癒羽:たまには1/6サイズの子のことをね・・・

滝ノ上駅28
癒羽:出してあげたいなって思ってるの。

滝ノ上駅29
神奈:でも1/3の子も出さないと。 バランスね。 

滝ノ上駅30
終着・夕張駅から折り返してきた列車で戻ります。

滝ノ上駅31
今回は滝ノ上駅の紹介でした。
やはり訪問するなら紅葉の時期がおすすめです。


最後まで読んでいただきありがとうございます。



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夕張は・・

夕張というと夕張メロンとか財政破綻という言葉が真っ先に出てきてしまいそうですけど、冬音さんの記事を拝見させて頂くと、
「いやいや、夕張にはもっとすてきなものがありますよ~!」という
意図が見事に伝わってきているものがあると感じました。

夕張は私が中学生の頃あたりまではまだ社会の教科書には
「炭鉱の街」みたいな記述があったと記憶しているのですけど、
夕張が炭鉱の街であったのは高度成長期まででオイルショック以降は既に閉山という現実があったと思います、
だからこそ夕張としても「炭鉱に代る新しい何かを・・」とついつい焦った過剰な設備投資をしてしまい、それが財政破綻を招いた一つの要因にもなっているのかもしれないですね。

だけどこうやって今現在でも当時の「夕張の炭鉱の街」を伝える炭鉱遺産がこんなにも残っている事に新鮮な驚きがありますし、こうした歴史の遺物を伝えることで何か夕張の新しい観光スポットとして再度注目が集まればすてきな事なのかもしれないですね。
北炭滝ノ上発電所と千鳥ヶや夕張川の流れは、見ているだけで「何か」が伝わってくる想いです・・
吊り橋はなんだか揺れがすごそうですね・・

番傘を手にした神奈さんはとても優雅で気品がありますね~!

No title

こんにちは(*´ω`*)
神奈さん、お久しぶりな感じがしますが(プロフィール写真も神奈さんですが)…約ひと月ぶりなんですね。前回は渚滑線「北見滝ノ上」で何故かシンクロな駅名。
場所はどこかなぁ~と調べれば、、「北見滝ノ上」駅跡地となっていて、一発では検索かからず…あぁそうだった、廃線後だったと(´-ω-`)シンミリ…。場所は「滝ノ上」からずっと離れた右上(?)オホーツク海方面だったんですね。

そして、夕張といえば、随分前に訪れた時にガラス工芸の花瓶を買ったなぁ…と調べてみれば、「夕張石炭ガラス」というものだったと分かりました。でもすでに「石炭ガラス工芸館」も廃墟となっていました。
(YouTubeで古い動画が…https://youtu.be/wY3kpAf6LJk

人がいなくなるという事は、駅だけでなく、色々…なくなっていっちゃうって事なんですね…。代わりのものが建つわけでもなく、ただ時代と共に古びて、そこで生きて生活していた人たちも年を取ってその記憶からも消えてしまう…という事が、廃墟・廃線・廃駅の、本当の意味かもしれませんね。
神奈さん、癒羽さん、これからも(バランスよく)頑張ってね(*´ω`)

Re: ぬくぬく先生様

ぬくぬく先生様、いつもコメントありがとうございます。

> 夕張というと夕張メロンとか財政破綻という言葉が真っ先に出てきてしまいそうですけど、冬音さんの記事を拝見させて頂くと、
> 「いやいや、夕張にはもっとすてきなものがありますよ~!」という
> 意図が見事に伝わってきているものがあると感じました。
その2つの言葉が、今の夕張のイメージでしょうかね。
全盛期に比べたら人口が9割以上減少してしまいましたが、炭鉱の遺産は少なからず残っております。
夕張支線が廃止される今年度、夕張のことをもっと知りたくなりました。

> 夕張は私が中学生の頃あたりまではまだ社会の教科書には
> 「炭鉱の街」みたいな記述があったと記憶しているのですけど、
> 夕張が炭鉱の街であったのは高度成長期まででオイルショック以降は既に閉山という現実があったと思います、
> だからこそ夕張としても「炭鉱に代る新しい何かを・・」とついつい焦った過剰な設備投資をしてしまい、それが財政破綻を招いた一つの要因にもなっているのかもしれないですね。

昭和30年頃、石炭鉱業を合理化する政策を打ち出し、有望なビルド鉱とそれ以外のスクラップ鉱に分けられ小さい炭鉱が閉山。安価な海外からの石炭輸入も増えたことで大きな炭鉱も閉山していきました。
夕張から東京までよりも、オーストラリアから船で輸入するほうが安かったのですから。
石炭で栄えた夕張もスクラップ鉱は閉山。
オイルショック直前の昭和44年には特別閉山交付金という、一定期間までに閉山すれば交付金を与える政策も誕生し全国の炭鉱が一気に閉山しました。(なだれ閉山)

相次ぐ国の石油転換の政策で炭鉱の先行きが暗くなり、失業対策や地元の雇用という面からも、何かをしないとという思いがあり「炭鉱から観光へ」というキーワードの元、レジャーランドを建設しました。
炭鉱の町は、社宅も病院も水道などのインフラも全て自治体では無く炭鉱会社が建てたものなのです。閉山した後、こうした設備は夕張市が買い取りました。その費用だけで数百億円の負担となりこれらが相まって財政破綻へと進んでいってしまいました。
夕張以外では、買い取らずそのまま原野に還った炭鉱跡も多いです。

> だけどこうやって今現在でも当時の「夕張の炭鉱の街」を伝える炭鉱遺産がこんなにも残っている事に新鮮な驚きがありますし、こうした歴史の遺物を伝えることで何か夕張の新しい観光スポットとして再度注目が集まればすてきな事なのかもしれないですね。
> 北炭滝ノ上発電所と千鳥ヶや夕張川の流れは、見ているだけで「何か」が伝わってくる想いです・・
> 吊り橋はなんだか揺れがすごそうですね・・
夕張は財政破綻してしまいましたが、すなわち栄光の歴史を捨てきれない、石炭・炭鉱への想いが強かったのです。
だからこそ今でも炭鉱に関する建造物や博物館が残っているのです。 
観光スポットとしての石炭博物館は、市から指定管理者が代わり今年2年ぶりに復活。展示も大幅に刷新しました。 
夕張は、炭鉱や石炭に興味が持てれば楽しい観光ができる場所です。

> 番傘を手にした神奈さんはとても優雅で気品がありますね~!
北見滝ノ上から続けての神奈さんです。
向こうに行った時から、夕張の滝ノ上は神奈が担当するというのは決まっていました。
優雅で大人な感じがしますよね。

Re: ユアン131様

> こんにちは(*´ω`*)
ユアン131様、コメントありがとうございます。

> 神奈さん、お久しぶりな感じがしますが(プロフィール写真も神奈さんですが)…約ひと月ぶりなんですね。前回は渚滑線「北見滝ノ上」で何故かシンクロな駅名。
> 場所はどこかなぁ~と調べれば、、「北見滝ノ上」駅跡地となっていて、一発では検索かからず…あぁそうだった、廃線後だったと(´-ω-`)シンミリ…。場所は「滝ノ上」からずっと離れた右上(?)オホーツク海方面だったんですね。
北見滝ノ上に行ったのは昨年で、今年は夕張の滝ノ上。 構想1年かけてシンクロさせてみました。
滝の上にあるから滝ノ上。 そのままの地名です。 滝上町は、オホーツクの方の町です。 
滝上町で芝桜の次に力を入れているのが「ハーブガーデン」。 町の観光は芝桜しか無いという印象を覆すために力をいれて展開しております。

> そして、夕張といえば、随分前に訪れた時にガラス工芸の花瓶を買ったなぁ…と調べてみれば、「夕張石炭ガラス」というものだったと分かりました。でもすでに「石炭ガラス工芸館」も廃墟となっていました。
工芸館の建物も、最初は北炭楓鉱発電所として建設され、その後炭鉱の事務所として使われていました。
閉山後に「夕張石炭ガラス工芸館」として再利用していたのですが、観光事業が上手くいかず。。。
あの建物もまた、夕張の炭鉱の歴史の一部だったのです。

> 人がいなくなるという事は、駅だけでなく、色々…なくなっていっちゃうって事なんですね…。代わりのものが建つわけでもなく、ただ時代と共に古びて、そこで生きて生活していた人たちも年を取ってその記憶からも消えてしまう…という事が、廃墟・廃線・廃駅の、本当の意味かもしれませんね。
> 神奈さん、癒羽さん、これからも(バランスよく)頑張ってね(*´ω`)
原野を開拓して100年あまり、再び原野の時代へと還っていくような、そんなことを思ったりしています。
昭和20年代、遠軽町から分かれた白滝・丸瀬布・生田原が平成17年に合併して再び遠軽町になった時は、時計の針が戻っていくような感じを受けました。
1/3ドールと1/6ドール、1/3の方がやや出番が多いですが、これからも両方登場させていきます~
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