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冬音

Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。
北海道地図があると、より楽しめるかと思います。

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木造駅舎の旅 (留萌本線・秩父別駅)

Category : 北海道の鉄道
秩父別駅01
秩父別駅(1910~)
1971年の改築から今日まで使われ続けている木造感がある木造駅舎です。
玄関の切妻屋根がいい味を出しています。

秩父別駅25
「木造駅舎の旅」(写真・文 米屋浩二 2009)の表紙にもなった秩父別です。
この頃からは、外装が新しくなり写真の頃のものとは変わりました。

秩父別駅02
この駅の読み方は「ちっぷべつ」です。
おそらく大半の人は最初「ちちぶべつ」と読んでしまうでしょう。

秩父別駅03
木造駅舎には、袴とかが似合うという考えで千咲を連れて行きました。 (撮影:6月)

追記にも秩父別駅の写真が続きます。
続きを読むからどうぞ。
秩父別駅04
これでもか! というくらい、全ての柱に「ちっぷべつ」と書かれた駅名標を取りつけた秩父別駅。
特急停車駅ではない、ローカル線の駅にしては自己主張がある駅です。

秩父別駅05
昔は、駅にもう1つ線路があってホームもありました。

秩父別駅08
駅舎内部。 国鉄時代のまま時が停まったかのようです。

秩父別駅06
これは冬に訪れた時の秩父別駅。

秩父別駅07
無人駅ですが、地域のご厚意によりストーブが稼働しています。
開業100年を超える秩父別町の中心駅として、利用者もある程度はいます。

秩父別駅09
千咲:無人駅だけど、あたたかい、木造の駅なのね。

秩父別駅10
伝言板。
「やったあー 休みだ!」「今は雨が降っています」「駅をたまりばにしないように注意しましょう」「ニヘイ合板は留萌にあります」
とまあ、脈絡のないメッセージが読み取れました。


秩父別駅12
秩父別の由来
①アイヌ語「chikush-pet」(チックシ・ベツ/通路・ある・川or我ら・通る・川)
②アイヌ語「chip-kush-pet」(チッ・クシ・ペッ/船が・通る・川)が由来とされています。

秩父別駅13
秩父別町と北竜町の間を流れる雨竜(うりゅう)川に架かる「筑紫(ちくし)橋」
秩父別駅は、開業時は「筑紫」駅でした。

秩父別駅11
千咲:秩父別駅が筑紫駅? 昔は筑紫町だったのかしら?

秩父別駅14
ところが、秩父別は1901(明治34)年の開村以来「筑紫」になったことは一度もありません。
明治37年の地図には、カタカナで「チックシベツ」と振り仮名された「秩父志別」の地名がありました。
また、屯田一兵村は「西秩父兵村」と、屯田二兵村には「東秩父兵村(へいそん)」と呼称されていたので、「志」が省略されて「秩父別」になったのでしょうか。 

秩父別駅15
千咲:う~ん、どうして「筑紫」なのでしょう。
ここからは推測になるのですが、駅近くの秩父別2条1丁目に「筑紫コミュニティ会館」があります。
なので、町の中心地区が「筑紫」という名前の地区だったのではないかなあ。。。と思っています。
といっても「留萌」が「留」、「あさひかわ」が「あさひわ」だったり「もじり」が「もり」だったり国鉄は地名に対し雑なところがあったので適当にやっていたのかもしれません。

秩父別駅16
そんな「筑紫」駅、村の名前は秩父別なので駅名だけではどこの村なのか判然とせず、また、何駅が最寄り駅なのか、その間の脈略もつかない不便さがありました。
鉄道を利用した郵便物も、日本海沿いの「築別(ちくべつ)」駅(昔は大きな炭鉱があり人も貨物も多かったです。1987年廃止)に誤送されるという状況で、何かにつけて都合が悪かったところから、村名と駅名の統一を希望してきました。

秩父別駅17
しかし国鉄当局は、「秩父別」とすることは読みずらい、なじまない、築別と同音語である、とし難色を示してきました。
その後「秩父別」駅になったのは1954(昭和29)年。 開駅から44年目でようやく村名と同じ読み方になりました。




秩父別駅18
[秩父別事件]
2007年5月9日朝、秩父別駅で乗車予定の高校生26名を車内(1両編成)に乗せられず駅に置き去りにしたまま発車した事件。
結局その後、高校生たちはタクシーで代替輸送されました。

秩父別駅19
これがキハ54。 ワンマン運転なので前乗り前降りです。
この日使用されていた車両の座席数は64。 通路部分を含めてそこに計126人を乗せようとしたのですが入りきらず。JR側も車内放送で詰めるよう指示したが詰まらないため「いっぱいになった」と判断。運転指令から「タクシーを手配する」と連絡を受けたので発車したとのこと。
最初は高校生のマナーが悪いのではとされましたが、高校側の聞き取り調査では「いつもより一般客が多かった」「あと2,3人しか乗れなかった」「この冬にも5人ほど乗れない事があった」
秩父別駅で10年前にそんな事件がありました。

秩父別駅20
千咲:そんな話もあったのね。
千咲にはセピアとかモノクロとか、古い感じが似合います。

秩父別駅21
[ローズガーデンちっぷべつ」
秩父別町の観光名所の一つで、300種、3000株の薔薇が咲き誇ります。

秩父別駅22
千咲:これは一度見てみたいわ。 私のデフォルトの名前は「ROSALIE」ですから。





秩父別駅23
駅の撮影から1か月。 今年もローズガーデンに薔薇が咲き誇りました。

秩父別駅24
千咲:見事な赤い薔薇ね。 
先日、ローズガーデンに行って、千咲を連れて写真を撮って来ましたので、それはまた今度別の機会で。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

参考資料
秩父別町史(昭和39年版)、秩父別町史(昭和62年版)
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No title

こんばんは。
小樽から札幌までJR北海道の函館線で戻っているところです。
地下鉄とJRと市電が隣接してなくて乗り換えが10分以上離れてる駅同士も多いし、バスは1時間に一本なのに夜は8時前に終電終わってるし…。夏はまだいいけど冬は雪で歩けないし…、東京慣れした感覚ではアクセスの不便さに苦痛を感じます…。乗る方の都合でなくJRの都合だよね?っていう作りというか…!
高校生置き去り?!なにそれ?でもやりそう。…と、そんな個人的感想はあるのですが…。タクシー輸送されてよかったですね。
そして…!ちっぷぺつ、ちっぷぺつ、ちっぷぺつと掲げられると、もうどーしても覚えずにはいられませんね(笑)!
冬音さんの記事を読んでいると、駅があるだけでもありがたいのかな、と不満も消えます…

ぬくもりが漂う木質感が素敵ですね!

最近の駅舎は言うまでも無くほとんどはRCとか鉄筋ばかりですのて、
こうした木質感が漂う木造駅舎は見ているだけでどことなく
ホッ・・とするものはありますね。
切妻屋根と駅舎なんて今現在では滅多に見られそうもない光景ですので
大変貴重なものがあると思いますし、屋根の勾配の中で
部分的にスレートにズレが散見されるのも逆にその「ゆるさ」に
なんか心温まるものがあるようにも感じたものでした。

「秩父別」という駅名一つとっても、これだけの歴史とか由来とか
紆余屈折があったのも大変面白いものがあると思いますし、
駅一つ一つにもこうした「歴史の重み」があるものなのですね。
秩父というと埼玉県民にとっては
SLという蒸気機関車が期間限定で走るあの田舎駅を連想される方も
多いと思うのですけど、埼玉の秩父とは全然関係が無く、
アイヌに由来する駅名と言うのも初めて知りました。

それにしても千咲さんのレトロな雰囲気が素敵ですね!
本当に袴とか着物とか浴衣とかそうしたちょっとレトロな衣装が
お似合いそうなとっても可愛いドールさんですね!

Re:ユアン131さん

> こんばんは。
ユアン131さん、コメントありがとうございます。

> 小樽から札幌までJR北海道の函館線で戻っているところです。
この前の3連休で、小樽の先までJRで旅してきました。
日曜日は雨で運休が相次ぎ大変でしたね。 

> 地下鉄とJRと市電が隣接してなくて乗り換えが10分以上離れてる駅同士も多いし、バスは1時間に一本なのに夜は8時前に終電終わってるし…。夏はまだいいけど冬は雪で歩けないし…、東京慣れした感覚ではアクセスの不便さに苦痛を感じます…。乗る方の都合でなくJRの都合だよね?っていう作りというか…!
何せ函館線(南小樽~札幌)は19世紀に作られた古いものですから・・・
朝里と銭函の間の海岸線を走るルートは、開拓期からほぼ変わらない風景です。

それでも、1970年代に作られた市営地下鉄(特に東西線)は国鉄に危機感を与えた筈です。
JRに関しては、特に札幌から銭函までの間は80年代まで「桑園」「琴似」「手稲」しか駅が無く「発寒」などその間の住民は不便を強いられていました。 地下鉄の開業後に、発寒や稲積公園などの駅が作られて行きました。

> 高校生置き去り?!なにそれ?でもやりそう。…と、そんな個人的感想はあるのですが…。タクシー輸送されてよかったですね。
> そして…!ちっぷぺつ、ちっぷぺつ、ちっぷぺつと掲げられると、もうどーしても覚えずにはいられませんね(笑)!
> 冬音さんの記事を読んでいると、駅があるだけでもありがたいのかな、と不満も消えます…
昔はホームが2つあって、線路も2つあった町の中心駅の意地があったのか。
秩父別駅、札幌から旭川行きの特急で深川駅で乗り換え、2駅です。 意外に近いです。
北海道にはかつて800を超える駅があって、今は400ちょっとです。 そう考えるとあるだけありがたいのかもしれませんね。

Re: ぬくぬく先生さん

ぬくぬく先生さん、コメントありがとうございます。

> 最近の駅舎は言うまでも無くほとんどはRCとか鉄筋ばかりですのて、
> こうした木質感が漂う木造駅舎は見ているだけでどことなく
> ホッ・・とするものはありますね。
木造感のある木造駅舎、北海道でも廃駅や改修によりここ数年でめっきり消えてしまいました。
かつて「上厚内」や「鱒浦」、「糸魚沢」「上白滝」駅とか素晴らしいものがあったのですがいずれも消えました。
残っているのは人は住んでいないが冬の列車交換のための保線・除雪要員の休憩室として解体されず残された駅がほとんどです。
そんな中、秩父別駅は高校生の利用者もいて、人の手も行き届いている貴重な駅です。

> 切妻屋根と駅舎なんて今現在では滅多に見られそうもない光景ですので
> 大変貴重なものがあると思いますし、屋根の勾配の中で
> 部分的にスレートにズレが散見されるのも逆にその「ゆるさ」に
> なんか心温まるものがあるようにも感じたものでした。
大変貴重な、秩父別駅も留萌本線の廃止と共に姿を消すのかもしれません。
2019年には線路と並行する自動車専用道が留萌まで開通し、それと共に廃止というのが今の風潮です。
つまり、あと2年位しか残されていない。。。 それが今の秩父別駅です。

> 「秩父別」という駅名一つとっても、これだけの歴史とか由来とか
> 紆余屈折があったのも大変面白いものがあると思いますし、
> 駅一つ一つにもこうした「歴史の重み」があるものなのですね。
秩父別はそれほど大きな町ではないので、「町を代表する駅」として留萌本線開業時からの歴史があります。
町の歴史と共に100年以上歩んできた駅の重みを知ると、廃止というのは寂しいです。

> 秩父というと埼玉県民にとっては
> SLという蒸気機関車が期間限定で走るあの田舎駅を連想される方も
> 多いと思うのですけど、埼玉の秩父とは全然関係が無く、
> アイヌに由来する駅名と言うのも初めて知りました。
埼玉の秩父は関係なさそうです。
秩父別の開拓は400戸、約2300人の屯田兵と家族から始まって、香川県の方が多かったです。
昔(1999~2006)はここもSLも走っていたんですがねえ。。。

> それにしても千咲さんのレトロな雰囲気が素敵ですね!
> 本当に袴とか着物とか浴衣とかそうしたちょっとレトロな衣装が
> お似合いそうなとっても可愛いドールさんですね!
浴衣はまだ試していないですが、多分似合うでしょう。
写真も、レトロな設定にして撮ることが多いです。
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