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冬音

Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。
北海道地図があると、より楽しめるかと思います。

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藤山要吉が遺したもの

Category : 北海道ドール紀行
今回は、前々回「かたちあるもの」の続きです。
記事に関し、昭和の留萌市の広報誌からの内容も少々追加しました。。

小樽市公会堂01
あい:ということで、はるばる小樽までやってきました!
(小樽駅前にて)

小樽市公会堂02
あい様と今回共に訪れたのは花園地区にある小樽公園。 1900年に開設された歴史ある公園です。

小樽市公会堂04
あい:ここが、藤山要吉さんと関係の深い場所・・・ それにしても雨がひどいわね。

小樽市公会堂03
小樽市指定歴史的建造物12号 旧小樽市公会堂
ここが今回の旅の目的です。 
追記に書いていきます。
続きを読むからどうぞ。

小樽市公会堂05
[小樽を代表する商人、藤山要吉 その2]
明治44(1911)年、後の大正天皇となる皇太子殿下が北海道に行啓、小樽に宿泊されることが決定しました。
当時は、天皇が行啓されることは天下の一大事でした。
そこで、小樽区は当時一番大きな邸宅だった藤山要吉宅を皇太子の宿泊所にしようとしました。


燈 豊平館01
(参考:明治13(1880)年に建造された札幌市の豊平館。 皇太子は明治44年ここにも宿泊されました)

「天下の一大事だからこそ、わしのような一民間人の住まいに落ち着いていただくわけにはいきません。 ひとつ、この街の名物になるようなものをつくってご覧にいれましょう」


小樽市公会堂06
小樽市公会堂07
当時の小樽がいくら好景気とはいえ、皇室に連なる方に相応しい施設はまだありませんでした。
そこで要吉は現在の価値で1億円の私財を投じ、千鳥破風瓦葺、平屋建て、267坪の純和風御殿を建てました。
当時の北海道では珍しい瓦屋根は、京都の宮殿構造について研究を重ねた成果です。
一商人の意気込みに行政も黙ってはいられず、周囲の工事費は小樽区が、電気関係費は小樽電燈合資会社が寄付。
こうして皇太子の行啓に際して、小樽は国際貿易都市の名にふさわしい宿泊所を提供することができたのです。

小樽市公会堂08
(東宮出門時の光景 1911/8/25午前10時半、東宮は札幌へ向けて出門しました。)

要吉はこの後、御殿を小樽区に寄付しました。
「わしはこの街で計り知れない恩恵を受けました。 これだけではとても足りるものではありませんが、ささやかなわしの気持ちと思って受け取ってくだされ。住民の皆さんの文化や教育向上のために使っていただくのが、老いゆくわしの本望です」
この御殿はその後も皇室の宿泊所になるとともに、小樽市公会堂として幅広く活用されました。

小樽市公会堂09
公会堂の跡地に建てたものは、小樽市民会館です。
文化活動の拠点として、要吉の想いは現在も小樽で受け継がれています。

小樽市公会堂10
小樽市公会堂11
ここに藤山要吉の胸像が建てられています。

小樽市公会堂12
あい:彼が、藤山要吉さん。。。 

小樽市公会堂13
北海道の産業開発と社会公共のために、惜しみない力を発揮した藤山要吉は、昭和13(1938)年、87歳でこの世を去りました。明治期の小樽の遍歴と共に歩んだ彼の死は、多くの人に惜しまれ、葬儀には各界から1万人を超える人々が参列しました。
要吉が世を去ってから20年後の昭和33(1958)年、小樽市と、彼の徳を慕う多くの有志たちによりこの胸像が設立されました。
(参考:第十集 ほっかいどう百年物語)


小樽市公会堂15
旧公会堂は、昭和36(1961)年に市民会館の向かいに移設されたもので、当時とは中はかなり異なり、傾斜地のため鉄筋の地下部分が増設されています。

小樽市公会堂16
旧岡崎家能舞台
この建物は、実業家岡崎謙が自宅の中庭に建てたもので死後、市に寄付され公会堂に近接して移築されたものです。
撮影した日には、謡曲大会が開催されていました。

小樽市公会堂14
あい:留萌市と小樽市、2つの市を結んだ1人の人物の物語。いかがでしたでしょうか。
北海道には人名ゆかりの地名や駅の名前がまだまだあります。
北海道でいくつか挙げるなら月形町や仁木町、池田町などです。
道外なら東京の青山や大阪の道頓堀が有名なのでしょうか。

休みの日は1日中撮影に行っているので、なかなか記事を作れていません。
写真はあるのですが、文章が。。。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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No title

こんにちは

5月の連休に車で 小樽を訪れました・・
何度も 立ち寄る小樽ですが このような 史跡があるのは
知りませんでした

そして そして 小樽駅舎もはじめて こちらの画像で拝見できました

Re: アンさん

> こんにちは
アンさん、コメントありがとうございます。

> 5月の連休に車で 小樽を訪れました・・
> 何度も 立ち寄る小樽ですが このような 史跡があるのは
> 知りませんでした
小樽にかつてあった手宮線など、小樽は奥が深いです。
小樽公園の方は、運河方面ではないのであまり観光で行く場所でもないですしねえ。
私もほとんど運河の方だけしか行ったことがなかったです。

> そして そして 小樽駅舎もはじめて こちらの画像で拝見できました
小樽駅、人は多いですが素敵な雰囲気がある場所ですよ。
それはそのうち紹介できればなと思っています。

知名度は低いのかもしれないけど・・

素敵なエピソードですね・・

この藤山要吉という素晴らしき御方は確かに全国的な知名度は低いのかもしれないですけど、
そうした歴史の教科書という観点からではなくて
一人の人間として素晴らしいものがあったのだと言えると思います。

平成バブル以来、日本人には「私利私欲」とか
「お金を稼いで何が悪い」とか「お金で手に入れられないものは無い」
みたいなヘンな風潮が形成されたようにも感じられますけど、
この藤山要吉さんにはそうした私利私欲というものは全く感じられず
純粋に「誰かのために自分の私財さえ躊躇なく投げ出す」みたいな
明治人らしい心意気が素敵に伝わってきていると
思います。

こういう御方こそが真の「偉人」と言えるのだと思いますね。

あい様の浴衣姿が夏らしい涼しい雰囲気が感じられ
とても素敵だと思います。

Re: ぬくぬく先生さん

ぬくぬく先生さん、コメントありがとうございます。

> 素敵なエピソードですね・・
鉄道的な目線と、郷土史的な観点を混ぜて1つの話にしてみました。
1つの無人駅から始まる物語。素敵と言って頂けると資料を探したかいがあります。

> この藤山要吉という素晴らしき御方は確かに全国的な知名度は低いのかもしれないですけど、
> そうした歴史の教科書という観点からではなくて
> 一人の人間として素晴らしいものがあったのだと言えると思います。
歴史の教科書における北海道は非常に薄い立場で、あまり存在感が無いです。
今回、主に参考にした百年物語はラジオ番組を基にした書籍で、読みやすく分かりやすかったです。
歴史の教科書は、人物に焦点を当てることはあまりありませんから、地域の資料が頼りです。

> 平成バブル以来、日本人には「私利私欲」とか
> 「お金を稼いで何が悪い」とか「お金で手に入れられないものは無い」
> みたいなヘンな風潮が形成されたようにも感じられますけど、
> この藤山要吉さんにはそうした私利私欲というものは全く感じられず
> 純粋に「誰かのために自分の私財さえ躊躇なく投げ出す」みたいな
> 明治人らしい心意気が素敵に伝わってきていると
> 思います。
要吉さんは小樽や留萌などに様々な物を残しました。
残念ながら後継者には恵まれず一代限りとなってしまいましたが、藤山という地名がいくつか残っているのを見るとそれだけ地域の開拓者たちに尊敬されていたのだと思えます。

> こういう御方こそが真の「偉人」と言えるのだと思いますね。
「偉人」というものはあまり後世に語れられないものなのでしょうかね。
「悪目立ち」した方が現代社会において語られていくものなのですかねえ。

> あい様の浴衣姿が夏らしい涼しい雰囲気が感じられ
> とても素敵だと思います。
藤山駅からの流れを汲み同じ衣装で行ってきたのですよ~
撮影日は大雨でしたが、素敵な夏の日を過ごしてきました。
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