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冬音

Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。
北海道地図があると、より楽しめるかと思います。

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人生には楽園が必要だ (相生線・北見相生駅)

Category : 北海道の鉄道
水無月の弐

ナレーション(○田敏行):
今週は何かいいことありましたか?
私ね、思うんですよ。 人生には、楽園が必要だってね。






北見相生駅12

美幌駅35
1985年の廃線・廃駅から32年








北見相生駅31

北見相生駅14
受け継がれた 駅舎の歴史と先人の心



北見相生駅11
北海道・津別町 ~ 賑わいが蘇った「廃駅」 ~


北見相生駅13









ここからは通常運転の感覚に戻します。

北見相生駅02
あい:ここはかつて相生線の終着駅でした。


北見相生駅01
相生線・北見相生駅(1925~1985)

北見相生駅05
現在は相生鉄道公園として、当時の車両共々地元有志の方と津別町とで管理、保存されています。 
この部分はまた別の機会で。

北見相生駅07
併設された、道の駅あいおい[あいおい物産館](2003~)。  網走と美幌と釧路を結ぶ国道240号のほぼ中間に位置しており、撮影日はGWということもあり、トイレ休憩で立ち寄る車が多く見受けられました。
駅の側に道の駅を作ったのは素晴らしいアイデアだと思います。 
道の駅のついでに30年以上前に廃止になった国鉄の駅を見に来てくれるのですから。 

北見相生駅06
道の駅名物の「クマヤキ」。

北見相生駅08
東武百貨店の北海道物産展で取り上げられ、これがヒットしたらしく、今では1日数百個売れる商品に。

北見相生駅03
駅の建物財産標が今も残る、北見相生駅から、

北見相生駅04
今回の話をお送りします。
続きを読むからどうぞ。

北見相生駅09
廃線間近の北見相生駅と

北見相生駅10
現在の北見相生駅。 写真右側の木の成長が時の流れを示しています。



北見相生駅18

北見相生駅15
北見相生駅16
北見相生駅17
北見相生駅24
北見相生駅25
北見相生駅26
北見相生駅27
北見相生駅29
北見相生駅34
北見相生駅30
北見相生駅28
廃線当時の雰囲気を、今日までそのまま残してきました。
廃線から最近までは、津別町営バス(美幌~相生の廃線代替バス)の相生待合所として使用されてきました。
平成24(2012)年に津別まちバスとして再編成され、相生線として、津別~相生(日曜祝日休,一日3往復+予約制)となりました。
バス停も、より住民に便利な所に移設されたのでしょう。 昔は駅前にありました。

北見相生駅19
今も残っていた北見相生駅の建物財産標。
かつてこの建物が駅だった証拠。

北見相生駅20
北見相生駅21
駅の駅名標もきれいに塗りなおされていました。

北見相生駅22
あい:駅を管理している方々には本当に感謝するべきね。

北見相生駅33
北見相生駅32
北見相生駅35
こうして座っていると昭和の頃に帰ったような、相生線でGO!の写真で見たローカル線が元気だったあの頃が見えてくるような気がしませんか?

駅舎cafe くるみの森
昨年7月に開業した、建物はoldですがまだまだ新しいcafeです。

営業時間10:00~17:00
定休日 火曜日(道の駅あいおいと同じです)+第1水曜日
今月14日までプラットホーム改修の為臨時休業中です。
写真はくるみの森ブレンドコーヒーとクランベリーとくるみのスコーン。
珈琲は大変美味しかったです。正直驚きました。札幌でもなかなか出合えないレベルです。
向かいの席にいた阿寒在住のおじいさんは、「北見に用事がある時には必ず道の駅に寄って珈琲を飲むんだよ」と笑って話していました。 



北見相生駅23
昭和の頃のまま、ここに座っていたら列車が来るのではという気分になります。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

美幌駅15
PRタイム
美幌博物館(美幌町美禽/みどり/)で開催されている特別展示「相生線でGO!」
いよいよ来月の2日までとなりました。 特別展のみの観覧は無料となっておりますので、週末に是非道の駅あいおいとセットで訪問してみてはいかがでしょう。
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No title

こんにちは

相生線・・この先にある 温根沼に撮影に行くので
年に3-4回は ここも立ち寄ります・・

くま焼き 豆腐 がんも 定番のものを買い求めて帰ります
昼食時は そばもたべますね・・

昔ってどうしてこんなに人がいたんでしょうね・・
まあ都会並みの混雑もようですね・・
いつもながら 丁寧なレポートで新しい情報もうれしいです

Re: アンさん

> こんにちは
アンさん、コメントありがとうございます。

> 相生線・・この先にある 温根沼に撮影に行くので
> 年に3-4回は ここも立ち寄ります・・
あちらの方も、景色など撮る所は多いですよね。
もし最初の予定・釧美線の名前の通り釧路から美幌まで線路が繋がっていたらどうなっていたのでしょうかね。
阿寒湖のあたりはまた違った景色になっていたのかもしれませんね。

> くま焼き 豆腐 がんも 定番のものを買い求めて帰ります
> 昼食時は そばもたべますね・・
クマヤキ、人気ありますよね。 朝早い時間に行ったのでそれほど並んでいなかったのですが、昼時には結構な行列でした。

> 昔ってどうしてこんなに人がいたんでしょうね・・
> まあ都会並みの混雑もようですね・・
> いつもながら 丁寧なレポートで新しい情報もうれしいです
昔は林業で十分生活できたから、現在の過疎地域でも人が多くいました。
炭鉱や漁業と併せて、北海道のローカル線は成り立っていましたが、林業は衰退し、炭鉱は閉山し、路線は次々と廃止されました。
全長36kmの地味な盲腸線だった相生線ですが、そこにはこうした生活や歴史がありました。
これからも、現役の路線、廃止された路線の記事が出て来ると思います。
また訪問して頂けると嬉しいです。

今回も。。。

おはようございます。
今回も素敵なお話をありがとうございます。
列車が戻ってきた訳ではありませんが、復活の様子が見えるのが嬉しいですね。
クマ焼き、まだ物産展でも遭遇していませんが、次回に期待することにします!

No title

こんばんは。

廃駅を使った喫茶店、いいですよね。
元駅自体が、公演になっているので、
駅の雰囲気が残っていると言うのもいいですね。

Re: Re: yokoblueplanetさん

> おはようございます。 
yokoblueplanetさん、いつもコメントありがとうございます。

> 今回も素敵なお話をありがとうございます。
> 列車が戻ってきた訳ではありませんが、復活の様子が見えるのが嬉しいですね。
先代の管理人さんが亡くなって、しばらく時が止まっていたのですが、昨年また針が動き出しました。
国鉄時代に使用されていた物品がそのまま保存されていて、北の大地に相生線という路線が確かに存在していたということが実感できました。

> クマ焼き、まだ物産展でも遭遇していませんが、次回に期待することにします!
クマヤキも、東京の北海道物産展で人気が出てから、忙しくなったのか出店するのも大変のようです。 
相生のお客の減る冬季の北海道物産展で登場するのではないでしょうか。

Re: 鳴らない携帯さん

> こんばんは。
鳴らない携帯さん、いつもコメントありがとうございます。

> 廃駅を使った喫茶店、いいですよね。
現役時代より賑わっているのではと思うくらい、ドライブついでに寄って記念撮影をしていく、テイクアウトも可能なので利用者は多いです。

> 元駅自体が、公演になっているので、
> 駅の雰囲気が残っていると言うのもいいですね。
駅舎も当時のまま、修復しながら使われ続けています。
かつては終着駅らしく機関車の転車台や木材輸送のための貯木場があり広い構内になっていました。
その広い構内をそのまま道の駅や鉄道公園にしたので雰囲気があります。

例え利用形態は変わったとしても・・・

こういうお話はとっても素敵で何とも言えないほんわか・・とするものが
ありますね!
「捨てる神あれば拾う神ある」みたいなお話でもあり、
こうやって32年前に廃駅となり一旦は不要長物の建物になったとしても、そうした不要の建物をこうやって後世の人たちが受け継いでいき
形と利用形態を変えて、こうやって現在でもそうした建物を使い続けていくというその姿勢に深く共感するものが
あったりもします。

かぼちゃのスコーンがとても美味しそうにも思えます。

温かいコーヒーと一緒に是非食べてみたいですね!

駅の雰囲気とあい様の佇まいはとても相性がいい感じがありますね。

No title

こんにちは

GW前に ここの静態保存車両のうち、ライダーハウスになっている青い車両の塗装をしました
津別在住の有志の方が作る、ここを中心に地域振興をしていこうという小さな団体で 予算上塗装できたのは青いのだけでしたが
それでも カフェのご主人含め小さな集まりでみんなで楽しく作業しました
作業後は カフェの奥様のスコーンとコーヒーをサービスでいただき
良い時間でしたよ
この地域の方々は皆ここをとても大事にしていて 作業の合間にも役場の方々や近くのおまわりさんや みんな声をかけてくださって

ここにほれ込んで移住され カフェを開いてくださったご主人ご夫妻のお気持ちに感謝です 亡き先代の管理人さんは鉄道公園にここがなることを本当に心待ちにしておられてましたから
きっとほっとされていることでしょう

いつかは(お金集めて)キハ22もきれいに塗装できたらいいなって 思っています




No title

こんばんは☆

父譲りの蔵書の中から、昭和47年の時刻表を引っ張りだしました☆
相生線は一日7往復確保しており、道東のローカル線としては、それなりに利用者も多かったのではと思います。美幌発最終は22:10で、北見21:27発の1521列車から接続でき、最低限の利便性が確保されていたようです…☆

ちなみに今はあぶくま急行が走っている当時の国鉄丸森線は、一日五往復ですから、丸森線<相生線だった訳で…☆

Re: ぬくぬく先生さん

ぬくぬく先生さん、コメントありがとうございます。

> こういうお話はとっても素敵で何とも言えないほんわか・・とするものが
> ありますね!
この地に惹かれて移住してきた夫婦によるカフェ。
開業からもうすぐ1年になりますが、順調のようです。

> 「捨てる神あれば拾う神ある」みたいなお話でもあり、
> こうやって32年前に廃駅となり一旦は不要長物の建物になったとしても、そうした不要の建物をこうやって後世の人たちが受け継いでいき
> 形と利用形態を変えて、こうやって現在でもそうした建物を使い続けていくというその姿勢に深く共感するものが
> あったりもします。
リノベーションやリフォームではなく、できるだけ当時のままを残そうとする点が良いですよね。
廃駅になった後も、バスの待合所として使い続けてカフェを開業したり鉄道公園を整備したり。。。
相生線という国鉄時代の短く地味だった盲腸線の記憶を今まで受け継いできました。

> かぼちゃのスコーンがとても美味しそうにも思えます。
> 温かいコーヒーと一緒に是非食べてみたいですね!
釧路空港から車で約2時間、女満別空港から約1時間で到着します。
駅舎の中で、当時の駅の展示を見ながら飲む時間は貴重なものでした。
そして、「やっぱり駅は賑わっていてナンボだなあ・・・」という想いに更けていました。


> 駅の雰囲気とあい様の佇まいはとても相性がいい感じがありますね。
古風な(?)あい様と、昔ながらの木造駅舎は相性が良いです。
今回もあい様の記事なので、楽しんでいってください。
 

Re: Jamさん

> こんにちは
Jamさん、コメントありがとうございます。

> GW前に ここの静態保存車両のうち、ライダーハウスになっている青い車両の塗装をしました
> 津別在住の有志の方が作る、ここを中心に地域振興をしていこうという小さな団体で 予算上塗装できたのは青いのだけでしたが
> それでも カフェのご主人含め小さな集まりでみんなで楽しく作業しました
> 作業後は カフェの奥様のスコーンとコーヒーをサービスでいただき
> 良い時間でしたよ
カフェのfacebook等で活動しているのは拝見していました。
相生には、多くの静態保存車両があり写真を撮りつつ楽しく過ごしていました。

> この地域の方々は皆ここをとても大事にしていて 作業の合間にも役場の方々や近くのおまわりさんや みんな声をかけてくださって
> ここにほれ込んで移住され カフェを開いてくださったご主人ご夫妻のお気持ちに感謝です 亡き先代の管理人さんは鉄道公園にここがなることを本当に心待ちにしておられてましたから
> きっとほっとされていることでしょう
訪問したのは2回目(1回目は鉄道に興味が無かった頃)ですが、今回の訪問でこの場所が大事にされているということは分かりました。 
普通は廃駅から30年も経つと老朽化で取り壊しになってもおかしくないですからね。。。


> いつかは(お金集めて)キハ22もきれいに塗装できたらいいなって 思っています
キハ22は、17年前に塗装されて以来ですから、結構剥げてきていますよねえ。
一番奥の黒いキ703も、日本に数両しか保存されていない貴重なものなのでなんとかしたいですね。

Re: Michiruさん

> こんばんは☆
Michiruさん、コメントありがとうございます。

> 父譲りの蔵書の中から、昭和47年の時刻表を引っ張りだしました☆
昭和47年ということは、1972年の時刻表ですか! 

> 相生線は一日7往復確保しており、道東のローカル線としては、それなりに利用者も多かったのではと思います。美幌発最終は22:10で、北見21:27発の1521列車から接続でき、最低限の利便性が確保されていたようです…☆
> ちなみに今はあぶくま急行が走っている当時の国鉄丸森線は、一日五往復ですから、丸森線<相生線だった訳で…☆
通過する自治体は2つだけでしたが、北見駅まで直通の設定もあったりと、おでかけで利用する人はそれなりにいたのではないでしょうか。あとは津別高校(現存します)に通う生徒のために「高校前」仮乗降場を設置したり通学需要もありました。
ただし路線自体木材の輸送と沿線開発が目的だった為、1966年に11万tあった木材輸送量が78年には1万tまで激減。これが廃線の大きな理由となってしまいました。
最低限の乗り継ぎの利便性すら失われつつある現在のJR北海道で、利用者は減る一方なのです。



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