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Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。
北海道地図があると、より楽しめるかと思います。

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島ノ下駅と島の下温泉の秘密 (根室本線・島ノ下駅再訪)

Category : 北海道の鉄道
島ノ下駅展27
美鈴:また、この地に来たのね。


島ノ下駅展02
再び、3月で廃止になる島ノ下駅に行ってきました。
島ノ下駅は3月3日を以て104年の歴史に幕を下ろします。

島ノ下駅展01
前回の訪問と変わらず、雪の朝。 除雪作業員の方々も相変わらず作業をされていました。
利用者がどんなに少なくても、ホームや駅周囲は毎日除雪されます。

島ノ下駅展03
島ノ下駅廃止のお知らせ。

島ノ下駅展05
美鈴:なんだかあっさりとした表現ね。

上厚内駅04
美鈴:上厚内ではこんなに丁寧な表現だったのに。 この差って何でしょう。
上厚内駅は北海道旅客鉄道(=JR北海道)釧路支社の管轄ですが、島ノ下駅は北海道旅客鉄道鉄道事業本部(札幌)の管轄です。だからドライな表現なんでしょうかねえ?

島ノ下駅展04
前回の島ノ下駅で紹介した「島の下温泉」の看板。
その時は「あったらしい」という表現に留めざるを得ませんでした。
前回の記事を作った頃はその当時の資料も無くよく分かりませんでしたから。

島ノ下駅展06
美鈴:今日はこれを見に来たのよね。
2月18日から3月13日までの間、富良野市島ノ下地区にある「ハイランドふらの」で「島ノ下駅展」が開催されています。

「島の下温泉」とはどんな場所だったのか。 昔の島ノ下駅はどんな場所だったのか。
廃駅間近の今だから、知ってみませんか?
続きを読むからどうぞ。
島ノ下駅展07
島ノ下駅から歩いて20分。ハイランドふらのに到着です。
ここは温泉やレストラン、宿泊施設を備えた富良野市営の保養施設になっています。
入浴料は大人510円です。 タオルのレンタルも300円くらいであります。
4~5年前は富良野駅からここまで路線バスがありましたが廃線になりました。
廃線直前の利用者が1本あたり平均0.9人と、とても維持できるものではありませんでした。

島ノ下駅展09
富良野駅からは約7kmの近距離ということもあり車でくるお客さんは結構多いです。
車なら駅から10分ちょっとで到着します。
シーズンにはラベンダー畑を眺めながら入浴することができます。

島ノ下駅展08
島ノ下駅展は、ロビーにて開催されています。 入館料等はありません。
主催されたのは、富良野市生涯学習センター/富良野市博物館です。

島ノ下駅31
市博物館の沢田さんや島ノ下地区の写真提供してくれた方々の協力無しに、島ノ下駅展は実施できなかったでしょう。
また、この記事も作れなかったでしょう。


第1章 「島ノ下の由来と地区の歴史」

島ノ下の由来はアイヌ語「モシリ・ケシ・オマ・ナイ」。 即ち「島・の末端・にある・川」という意味です。
この「島」は、空知川にあったであろう中州を指すと考えられています。
島ノ下地区は、明治35(1902)年に広島県人の山田嘉久平らが未開墾の土地の貸与を受け、開拓の鍬を下ろしたのが始まりです。


第2章 「島ノ下地区の今昔比較」

ではさっそく、この2枚の縮尺の同じ地図を見比べてみましょう。

島ノ下駅展11
これは現在の島ノ下地区の地図です。 下側にハイランドふらのの文字がありますね。
上に「五楽園跡地」という気になる文字がありますね。


島ノ下駅展10
そうです! 昔は温泉街だったのです!!
※温泉のある、島ノ下地区の対岸の泉地区は、芦別市です。 芦別と富良野の境界が尻岸馬内(しりきしまない)川です。
尻岸馬内と島ノ下の由来は同じだと思います。
距離的にも「ハイランドふらの」と「坂田温泉」「佐々木温泉」が同じくらいということが分かるでしょう。
これが、「島ノ下温泉=ハイランドふらの」という間違った解釈に繋がってしまったのです。



「小休憩」
島ノ下駅展18
美鈴:あの錆ついた看板はこのことを示していたのね。 看板を見た時にこんなこと考えもしなかったわ。
島ノ下駅の窓枠から。

島ノ下駅展19
昭和50年代の島ノ下駅構内の写真。 左に鉄道官舎があるのでおそらく温泉のある滝里・野花南・芦別方面の写真でしょう。
「紅葉の勝地」という表現がよく分かりますね。





第3章 「4つの温泉と駅の物語」

島ノ下駅展13
(昭和30年代後半の島ノ下地区)
島の下温泉の発祥
島の下温泉は、明治39(1906)年に、猟師が泉地区北端の山林で鉱泉を発見したことから始まりました。

島ノ下駅展14
「島の下温泉」を代表していた「五楽園」
開業は明治41(1908)年、「渡辺温泉」として。その後「堀川温泉(大正2)」「坂田温泉(昭和27)」と変わり、昭和38(1963)年に旅館建物を改築、庭園も整備し「五楽園」として開業しました。
芦別・富良野市民から好評を博していましたが、昭和49(1974)年に火災で全焼。その後再建されることはありませんでした。

島ノ下駅展12
ラジウム温泉松寿園
昭和3(1928)年4月、資材業を営んでいた吉本氏が開業。旭川にあった大日本帝国陸軍第7師団(現・陸上自衛隊旭川駐屯地)の傷病者療養の指定を受け、軍御用達ということでの湯治客で大いに賑わったそうです。
しかしその後、層雲峡温泉の開発に伴い指定が取り消され営業不振に。昭和16(1941)年廃業。

島ノ下駅展15
島ノ下駅展16
「みゆき荘」
昭和6(1931)年、不動閣温泉が開業。相良・青木・佐々木と経営者が変わっていき昭和42(1967)年にこの名前に。
しかし昭和62(1987)年、滝里ダム建設に伴う根室本線の切り替え工事で立ち退きを迫られ廃業。

島ノ下駅展07
「ハイランドふらの」
昭和61(1986)年、富良野市開基80年、市制施行18年を記念して島ノ下地区の再開発と市民の保養・研修・レクリエーションを目的に建設。 現在まで市民に愛されています。

島ノ下駅展17
(富良野町が山部町を合併し「富良野市」になった日の昔の島ノ下駅。)
温泉の開発・発展と共に湯治客が増え、駅の利用者数も増加。
昭和30(1955)年頃には年間10数万人がこの駅を利用していました。
この頃を知る当時の駅員・阿部氏は「花見や親睦会、土用の丑の日等は温泉客でごった返し、とてつもなく忙しかった」と回想していました。
しかしその後、昭和40年代になると自家用車の普及、五楽園の焼失、地区の人口減少、石勝線の開通等の要因が重なり利用者が激減。 今では利用者が1日1人以下に・・・
そして今年3月3日を以て島ノ下駅は廃止となります。

島ノ下駅展21
島の下神社だけは昔も今も変わらずこの場所にあり続けます。



第4章 「島ノ下駅のあゆみ」

島ノ下駅展20
改築される前の島ノ下駅。 島ノ下もかつては味のある木造駅舎でした。
昭和57(1982)年に取り壊され、現在の島ノ下駅になりました。

島ノ下駅展22
昭和57年まで、島ノ下駅は有人駅でした。

島ノ下駅展23
島ノ下駅は「駅をきれいにする運動」で計3回も表彰されました。
昭和35,44,45年の3回。 2年続けて表彰されるのは凄い事だと思います。

島ノ下駅展24
島ノ下に駅が出来たのは大正2(1913)年。
島ノ下地区を流れる尻岸馬内川流域はかつて豊富な森林資源に恵まれ、明治末期から木材を川に流して空知川まで流していました。
駅が開業すると、山から馬で運んだ原木が駅前を埋め尽くし、大量に駅から輸送されました。
つまりこの地区は林業で栄えた場所です。 

島ノ下駅展25
ではなぜ駅は無人化したのか。
その答えは昭和56(1981)年の「石勝線」開通にあります。
石勝線が開通する前は札幌から道東(帯広・釧路方面)に特急列車で行くには必ず富良野を通らないと行けませんでした。
しかし石勝線が開通すると特急列車はそちらを通り、同時に根室本線滝川~新得間は特急列車無しのローカル線区間に転落。
特急が廃止、急行・貨物列車の減便という結果に当時の富良野は揺れました。
それと共に富良野市にある島ノ下・布部・山部駅から同時期に駅員が引き揚げました。
当時はドラマ「北の国から」が放送され始めた頃で、富良野が観光地になる少し前の話。。。

市民のショックは大きかったでしょう。 反対署名も1万件を超えました。
当時の富良野市の人口が2万8000人位、それで1万件という点に反映されているでしょう。

島ノ下駅展26
当時の新聞記事のスクラップ。 これも島ノ下駅展で展示されています。

島ノ下駅展28
美鈴:そして今、根室本線の「富良野駅~新得駅」の間が台風被害もあって廃線になろうとしている。 「滝川駅~富良野駅」の存続も厳しいかも知れない・・・
「富良野~新得」間は、映画、ドラマ、ミュージックビデオの撮影に使われた駅もあります。
駅に帰る前に、1つだけ寄り道をしていこう。

島ノ下駅展30
島の下神社の向かいにある、「山田嘉久平翁之碑」
この地区に最初に入植し、地区の公職を務め、公共事業に努力した功績を称え建てられたもの。

島ノ下駅展29
島ノ下駅に列車が停車するのもあと1週間になってしまいました。
島ノ下駅展、本当に楽しかったです。 このような展示を企画してくださった富良野市には感謝の一言に尽きます。
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No title

100年以上の歴史とは凄い重みですね。
便利になる影で必ず衰退していくものもあるのは駅に限りませんから、そのことをいつも忘れないようにしたいな、と思いました。

今回は眼鏡かけたみすずさんの可愛さが癒しでした~(^-^)

Re: さかえ21さん

さかえ21さん、コメントありがとうございます。

> 100年以上の歴史とは凄い重みですね。
104年の歴史で駅舎が変わったのが1回だけというのも重みがあります。
現在利用者の少ない駅でも、かつて10万人を超える人が利用していたという事実は私も驚きました・・・
今回廃止される駅の中でも島ノ下駅は歴史が長い方です。

> 便利になる影で必ず衰退していくものもあるのは駅に限りませんから、そのことをいつも忘れないようにしたいな、と思いました。
そうですね。かつて「こんな場所」「こんな道具」「こんな歴史」があったということを後世に伝えていければいいなと思っています。

> 今回は眼鏡かけたみすずさんの可愛さが癒しでした~(^-^)
眼鏡をかけている時は、みすず先生です(笑)
これからもたまに登場するかもしれませんのでお楽しみに~

たとえ駅自体は廃駅になったとしても・・・

最近の記事でも同じことを書いてしまい申し訳ないのですが、
やはり民間企業の営利とはいえ、長年こうやって地元の方の足となっていて数々の思い出を刻んできた駅の廃止は寂寥感が
出てしまいますね。

駅は廃駅になっても「ハイランドふらの」という温泉施設が
引き続き営業されているのはよかったです!
510円という良心的な価格設定もうれしいですね!
だけどバス路線も廃止と言うのは残念ですね。

駅の昔の写真を見ると当時の雰囲気とか時代をやはり色濃く反映して
いるように見えますね。
改築前の木造の駅舎を見てしまうと
「あれれ・・・これで大雪には大丈夫だったのかな・・?」とついつい余計な心配をしたものでした。

有人駅→無人駅→廃駅という流れなのでしょうけど、
やはりさびしいものがありますね。
3月3日のひな祭りの日の廃駅まであとわずかですけど、
その記憶だけは永遠に頭の中に記憶として封印したいものですね・

美鈴さんの眼鏡がとてもよくお似合いです!

Re: ぬくぬく先生さん

ぬくぬく先生さん、コメントありがとうございます。

> 最近の記事でも同じことを書いてしまい申し訳ないのですが、
> やはり民間企業の営利とはいえ、長年こうやって地元の方の足となっていて数々の思い出を刻んできた駅の廃止は寂寥感が
> 出てしまいますね。
100年以上の歴史があるわけですからねえ~
かつて隣にあった「滝里」駅もダムに沈み、島ノ下も廃止とは残念です。
もし「北の国から」でロケ地に使われていたら駅の歴史も大きく変わっていたかもしれませんね。
島ノ下駅の廃止で、富良野から隣の野花南駅までは19.4kmも離れることになってしまいました。

> 駅は廃駅になっても「ハイランドふらの」という温泉施設が
> 引き続き営業されているのはよかったです!
> 510円という良心的な価格設定もうれしいですね!
> だけどバス路線も廃止と言うのは残念ですね。
車が普及すると、駅を利用する人も減りバスを利用する人も減ってしまいました。
ハイランドふらのは市営の施設だけに広くて安いのでおじいさんおばあさんに好評です。

> 駅の昔の写真を見ると当時の雰囲気とか時代をやはり色濃く反映して
> いるように見えますね。
> 改築前の木造の駅舎を見てしまうと
> 「あれれ・・・これで大雪には大丈夫だったのかな・・?」とついつい余計な心配をしたものでした。
当時はあれが普通でした。 ただ老朽化と無人駅化で国鉄末期にあちらこちらで取り壊されてしまいました。
有人駅だった時代は深夜に貨物列車が通過することもあり、24時間3交代制で駅を運営していました。
なので、屋根の除雪も駅員さんがしていたと思われます。 

> 有人駅→無人駅→廃駅という流れなのでしょうけど、
> やはりさびしいものがありますね。
> 3月3日のひな祭りの日の廃駅まであとわずかですけど、
> その記憶だけは永遠に頭の中に記憶として封印したいものですね・
寂しいですけど、こうして駅の展示もしてくれただけに記憶として残しておきたいですね。


> 美鈴さんの眼鏡がとてもよくお似合いです!
美鈴も、たまに眼鏡をする時があります。
新鮮ですよね。
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