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冬音

Author:冬音
北海道でドール撮影をしています。
北海道は季節感が本州と多少異なりますが、それも個性ということで。
北海道地図があると、より楽しめるかと思います。

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北海道・夏の駅めぐり Vol.2 (室蘭本線・早来駅)

Category : 北海道の鉄道
早来駅01
瑞季:ここも、夏由来の駅みたいです。 早来。 私は春らしい地名に思えました。

早来駅02
室蘭本線・早来駅
開業は1894(明治27)年、北海道炭礦鉄道室蘭線の駅として。
隣に安平(あびら)町物産館を備えた、旧早来町の中心駅です。
(2006年、早来町と追分町と安平町が合併して安平町になりました)
無人駅ですが、簡易委託駅です。

早来駅03
早来駅の由来は、
「サク・ルペシペ=夏の・越える沢の道」です。
なので最初は早来を「さっくる」と読んでいたのですが、読みづらいのか、鉄路が予想より「早く開通した(=来た)」から「はやきた」になったのか。 読み方が変わった理由に関しては諸説あります。

早来から東側に向かうと、厚真(あつま)町の中心市街があります。
昔は厚真に向かうには小さい峠を越える必要がありました。 だから「ルペシペ」なのです。

早来駅04
早来の名産といえばサラブレッド。
あの有名なディープインパクトやジェンティルドンナは早来生まれの競走馬です。

早来駅05
この日早来駅に滞在できたのは20分。
その20分で撮れるだけのことは撮って来ました。
早来にかつてあった鉄道のコラムもあります。
続きを読むからどうぞ。

早来駅09
早来駅時刻表。
10:08の苫小牧行きで到着しました。 次の列車は14時くらいまでありません。

早来駅06
早来駅07
駅に併設された安平町物産館。
馬産地だけに馬にちなんだ商品が多いです。

早来駅08
夢民舎のチーズは、早来名物。 
日本で最初にチーズ工場が誕生したのは早来と言われています。


早来駅11
早来駅12
早来に来ると、雪だるまが目につきます。

早来駅23
早来雪だるま郵便局
雪だるまゆうぱっく」の郵便局です。
雪だるま型の発泡スチロールに雪を詰めて発送する、あのゆうパックも早来名物。

早来駅10
瑞季:早来には名産がたくさんあるのね。


早来駅14
早来駅は室蘭本線の複線区間に含まれています。
かつては夕張など内陸部からの石炭を室蘭港や苫小牧港に運ぶための重要な路線であり、貨物が頻繁に行き交うため複線の必要がありました。 

早来駅13
早来の鉄道の話
「馬鉄の道」
かつて、三井物産合名会社が早来駅前から厚真まで敷設した馬車鉄道がありました。
当時は林業が盛んで、鉄道の枕木など木材の搬出を目的に知決別(ちけっぺ。後に厚真駅。現在の厚真町中心部)まで約8kmを敷設しました。
最初は木材のみでしたが、営業線の許可を得て農産物や木炭も運搬されるようになりました。

早来駅22


「早来軌道」
馬車鉄道はあくまで三井物産の木材を運ぶための軌道。 開拓が進み人口が増え、そうなると人も運びたいとなりました。
永谷仙松ほか10名により早来軌道敷設特許を国に出願。大正9(1920)年12月3日付をもって鉄道省・内務省大臣より特許状が交付。
翌大正10(1921)年には早来~厚真間の既設軌道の改良工事を施行し9月8日には早来軌道㈱を設立。馬車鉄道による一般旅客および貨物の輸送を開始しました。
大正15年(1926)年には厚真軌道㈱が厚真~幌内間(10km)も開通。しかし運輸系統が同じということもあり両者の対立は共に不利になるので、運輸の円滑・経費の節約を図る目的で昭和4(1929)年早来軌道㈱に併合されました。
昭和6(1931)年には従来の馬車鉄道を廃止しガソリン車を導入。交通上に一大革新をもたらしました。

早来駅15
「あつまバス」
ガソリン車も導入した早来軌道ですが、戦後の自動車の普及もあり昭和24(1949)には鉄道事業を廃止しバスに転換しました。
社名も早来運輸㈱に。
平成3(1991)年に現在のあつまバス㈱に社名変更。
現在も、厚真町民の足としてバスが走っています。





早来駅16
「幻の金山線計画」
かつて美々駅を紹介した際に、千歳線がかつて北海道鉄道会社(旧・北海道鑛業鐵道会社)の私鉄だったという話を書いたのを覚えていますか?
その中で、この会社のルーツは、大正6(1917)年に室蘭町の「楢崎平太郎」(ナラサキ産業創始者)らが発起人となり、現在の早来駅(室蘭本線)から金山駅(根室本線)を結ぶ金山鉄道会社の設立を鉄道院に申請したことから始まりました。
とも触れました。
ところが実際には苫小牧の沼ノ端駅が起点になった。。。 そんなお話。


早来駅17
(北海道地図があると分かりやすいです)
早来から厚真町・むかわ町穂別を経て南富良野町の金山に達する金山線の建設については、明治39(1906)年に北海道炭礦鐵道が敷設を出願していたのですが政府は官設で作る予定だったので許可されませんでした。
安平村(早来)・厚真村の住民は早くより鉄道の敷設を希望しており、明治43(1910)年住民700名以上の同意書を集め代表が上京し早来~金山間鉄道速成の請願書を貴族院・衆議院両院に提出。 3月貴族院で採択され早来ではちょうちん行列で祝福。

早来駅21
当時の記事。 この時代、鉄道がいかに求められていたかが見えます。


早来駅20
同年6月に鉄道院の板倉技手が、安平村早来で測量等の実地調査を行いました。
たまたま大正6(1917)年9月に、室蘭の楢崎平太郎ら15名の発起をもって、早来を起点とする金山鉄道敷設の出願があり、さらに早来・厚真・穂別・富内(むかわ町)等の住民594名により金山鉄道速成に関して請願書が提出されました。
大正7(1918)年7月5日付をもって、鉄道院より金山線の敷設免許状が交付されたので創立総会で「北海道鑛業鐵道会社」を設立。
早来~金山間約108kmの軽便鉄道を敷設するとともに、沿線のクローム鉄鉱・石炭等を採掘する計画を立てました。

敷設が認可され、早来は再びお祭り騒ぎ。
これが祝意を表せんがため、数百円(当時の物価で)の寄付を募り、7月20日の夜盛大なるちょうちん行列を行い、また劇場早来座を買い切って無料で観覧させました。

早来駅19
(安平町鶴の湯温泉のハスの花)
しかし翌年(1919年)1月、北海道鑛業鐵道会社の大株主であった小樽の犬上慶五郎が「会社は近く株主総会を開いて基点変更の件を議することになっている故に、それまでに上京して阻止陳情運動をしてはどうか」という通知がありました。
当然、代表は上京。当時の社長楢崎平太郎、専務安東定次郎、鉄道院石丸副総裁、後藤総務部長らに対して、早来起点を変更せざるよう陳情懇請に努めましたが2月の株主総会で早来から沼ノ端基点に決定しました。
基点変更の理由について会社側では、「早来を基点とする場合、地勢的に途中難工事の個所があって、建設費の負担に耐えない」と述べていました。 

早来駅18
瑞季:早来って奥が深いのね。 20分なのに驚きがいっぱい。  
10:48苫小牧行きのあつまバスで苫小牧駅まで移動。 次の駅へ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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瑞季さんもとても可愛い!

あ、今回はあい様でも美月さんでもなくて
瑞季さんが登場しましたね!
前回の美月さんもそうでしたけど、ドールの皆様のこうした浴衣姿の
美しさには改めてですけど「美しいなぁ・・」と惚れ惚れとするものが
あると思います。
瑞季さんの髪飾りがとてもよくお似合いですね!

駅に併設されている物産館はとても綺麗で商品も大変充実しているのが印象的ですけど、
なんか「チーズ」がとっても気になりますね!
日本初のチーズ工場がこの地というのも初めて知りました!

幻の金山線・・・

うーーむ、これが実現出来ていたとしたら早来周辺の歴史も大きく
変っていたのかもしれないですね・・・
ま・・歴史に「もしも・・」というのはNGなんでしょうけどね・・

Re: ぬくぬく先生さん

ぬくぬく先生さん、コメントありがとうございます。

> あ、今回はあい様でも美月さんでもなくて
> 瑞季さんが登場しましたね!
できるだけ、毎回登場人物を変えようとしています。 ただ全員は厳しそうです。。。

> 前回の美月さんもそうでしたけど、ドールの皆様のこうした浴衣姿の
> 美しさには改めてですけど「美しいなぁ・・」と惚れ惚れとするものが
> あると思います。
> 瑞季さんの髪飾りがとてもよくお似合いですね!
しかも、全て浴衣で統一しようと企画してシリーズ化しています(笑)
夏が終わる頃まで続くので、お付き合いください。
髪飾りは、今回の浴衣にセットでついてくるもので、お淑やかな感じがします。

> 駅に併設されている物産館はとても綺麗で商品も大変充実しているのが印象的ですけど、
> なんか「チーズ」がとっても気になりますね!
> 日本初のチーズ工場がこの地というのも初めて知りました!
チーズはいいですよ~ ここのは有名なので、東京の「どさんこプラザ」とかで売っているかもしれないですね。


> 幻の金山線・・・
> うーーむ、これが実現出来ていたとしたら早来周辺の歴史も大きく
> 変っていたのかもしれないですね・・・
> ま・・歴史に「もしも・・」というのはNGなんでしょうけどね・・
金山線の計画は、国鉄富内線となって途中まで作られましたが廃止となってしまいました。
早来軌道は、その予定地とも言える厚真まで作りましたがモータリゼーションには勝てず。
「もしも」があっても、結局は国鉄末期に廃止されていたかもしれないですね。
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